スタート当初閑古鳥が鳴いていた

マンションができあがってうれしいとか、感動したとか、そんな気持ちは残念ながら持つことができませんでした。建物そのものが借金のかたまりにすら見えました。「もう逃げるわけにはいかなくなった」そんな覚悟を新たにして、私はついにマンション・オーナーとしての生活をスタートさせることになったのです。不退転の決意を持って臨み、その後は順風満帆:::といきたいところですが、現実はそ
うではありませんでした。冒頭で、竣工時点で決まっていた入居者は近所の方1人だけだったと述べました。これには、理由があります。「オーナーに建物を引き渡すまでは建築会社の責任です。他の人がむやみに入ってもらっては困ります」という建築会社の意向があったのです。そのため、入居希望者がいたとしても内覧できない状態でした。後でほかのオーナーさんたちに聞いたところでは、もっと緩やかなようです。希望者がいるなら、確認さえ取れば内覧することが可能でしょう。私の場合、非常にこだわりを持った会社だったといえます。とはいえ、実際に引渡しが行なわれたのは1993年1月幻日。スタートが2月1日ですから、その問、たったの叩日しかありません。その聞に全室入居者を決めるということはまず不可能です。そんな具合でしたから、マンションのほとんどは空室という状態から始めなければなりませんでした。ここで問題になるのは採算です。通常、アパマン経営は初年度が一番キャッシュフローが良くなります。新築のため、高い家賃収入が見込まれるということもあります。また、金利の助成は初年度が最も多く、元金返済分は初年度が一番低いのです。ですから、たとえ家賃収入がままならなくても、自分たちが負担する金利、税金は最小限に抑えることができるというわけです。家 売るならまずは無料査定をするべきです。

国「自分に逃げる道はつくらない」という不退転の決意

あれこれ考えた挙句、マイナスともいえる先の三つのマンションの特徴は、考え方次第でそのままプラスにできると思うようになりました。まずは、同じ建物にオーナーが住んでいること。これは、考えようによっては入居者に安心材料として提供することができます。たとえば不審な人が出入りしていても、オーナーがその場にいれば、何らかの対策をすぐに講じることができるでしょう。また、後ほど詳しく述べますが、住まいに何らかの不具合が起きて修繕が必要になったときなども、オーナーがいち早くそれに気づき、対処することができます。オーナーが同じ館内にいるということは、生活していくうえでの安心面・安全面を保証していけるメリットがあるわけです。オーナーが同じ建物に住んでいる
からこそできる管理をしよう。それは何かと考えました。管理規模が大きいということも同様です。裏を返せば、それだけスケールメリットがあるということです。たとえば却戸のエアコンなどの設備を揃える場合、もちろん支出額そのものは大きくなりますが、3戸の賃貸物件に比べて割引額も大きくなるでしょう。1戸当たりの単価を安く抑えることが可能になるのです。また、賃貸物件そのものが今より少ない時代でもありましたから、仲介業者は規模の大きいマンションということで熱心に仲介業務をしてくれます。この地域でマンションの名前を聞けばすぐに、「ああ、あそこね」とわかってもらえるくらいネームバリューを持ちたかった私は、このスケールを大いに活かそうと考えました。加えて、女性であるということは、男性オーナーが多いこの業界において、それだけ女性の感性を活かせる場であるともいえます。建物はピンクと白の混ざったタイル張りなのですが、それ一つ取ってみても、数多ある物件とは「何か違う」と思ってもらうことにつながるのではないでしょうか。また、女性が1人で入居するときなどは、ご両親はやはり心配でしょう。そんなとき、私のような年配女性がオーナーですと、安心してもらうことができるのです。「この人が大家さんならウチの娘を預けても大丈夫そうだわ」と、安堵される方も実際にいました。これは「女性の特権」といえるかもしれません。実を言、っと、ちょうどマンションが竣工するほほ同時期、主人の知り合いの奥様がマンション経営を始めて、うまくいかなかったということがありました。私にとっては他人事ではありません。誰もバブルが崩壊するなどとは想像もせずにいたのですから、他人は「時期が悪かったよね」「女性にはやっぱりむずかしいんじゃないかな」などと勝手な憶測や慰めをして終わりです。でも、私の場合、それを聞いて「自分は何が何でも軌道に乗せよう」と思いました。もうすでに経営することは決まっているのです。それなら、「無理かな」「無理でも仕方ないよね」と感じながらやるのではなく、「絶対にうまくいく方法を考えなければ」という思いでいっぱいでした。しかも銀行から借入れをする際、息子たちに連帯保証人になってもらっています。もし私がここでつまずいたら、私たち夫婦だけでなく息子夫婦まで巻き込むことになります。それだけは絶対に避けなければなりません。私に必要なのは、「仕方ない、残念だったね」と慰めてくれる人ではなく、「どうしたらうまく経営していけるか」を示唆してくれる人です。とはいっても、人の意見は参考にはなっても一つひとつのケlスは異なるものです。結局、手探りで舟を漕ぎ出して、それが沈みそうになっても、最後は自分で乗り切らなければなりません。それならば、やはり自分で、どうすれば舟が前に進むかを考えなくてはならないでしょう。だからこそ、いかにしてマイナス面をプラスに活かしていくかが必要になるのです。また、これは自分で逃げ道をつくらないための方策でもありました。マンションの特徴にしても時勢にしても、マイナス面ばかりだと感じていれば、経営がうまくいかなくなったときの言い訳になります。それだけは、したくありませんでした。マイナスをプラスに変えていく発想の転換と努力。それは、ちょっと格好つけた言い方をすれば、私にとって「不退転の決意」でもあったのです。マイナスをプラスに変えるという考え方以外にも、自分の建物、自分自身の特徴は何か考えてみてください。こぢんまりとしているけれどセンスがいいとか、いわゆる日曜大工が得意とか、植木、草花の手入れが好きとか、何かあるはずです。それらをご自身のアパ
マンの特徴にされるとよいのではないでしょうか。

いかにしてマイナスをプラスに変えるか

バブル崩壊直後の経営スタートというマイナスの状態から、私のオーナーとしての人生が始まったと冒頭で述べました。ところが、実際にマンションを経営する段階になってからも、さらなるマイナスポイントがありました。それは、そのまま私のマンションの特徴でもありました。-同じ建物にオーナーが住んでいること・この地域の賃貸マンションにしてはスケールが大きいこと-女性のオーナーであることこれらの条件は、決して安定経営のための強固な礎となったわけではありません。むしろ、デメリットの要素のほうが大きかったのではないでしょうか。たとえば、「入居者と閉じマンションにオーナーが住んでいること」は、入居を考えてわずらいる人に「煩わしい」という印象を与えます。「生活のことで何かうるさく言われるんじゃないか」「何かとチェックされているようで気が休まらない」などといった理由があげられるでしょう。また、「この地域の賃貸マンションにしてはスケールが大きい」というのは、管理する規模が違うということです。現在はそんなことはありませんが、当時は周辺の賃貸マンションに比べて大規模なものでした。借入額が大きいですから、成功した場合と失敗した場合のブレもきわめて大きくなります。必戸より3戸のほうが修正がききやすいのは確かでしょう。気がつけば資金繰りが立ち行かなくなっていたという可能性がないわけではありません。さらに「女性のオーナーであること」は、官頭で述べた三重苦と同様、男性が多い世界でうまくやっていけるのかということです。それに加え、入居者の方に「女性オーナーなんて不安だわ」と忌避されてしまう可能性もありました。そうしたデメリットの数々が、素人経営者の私にさらに重くのしかかっていたのです。だからといって、今さら逃げ出すわけにもいきません。「ゃるからには、きちんとやろう」と思っていました。よくマイナス面やデメリットばかりに着目して、「私にはできないわ」「そんなの無理だよ」と言う人がいます。私は、そういう考え方が性に合いません。とにかく、やるだけやってみる。とはいえ、ただやみくもにやってもうまくいきませんから、「どうしたらマイナスをプラスに変えられるだろうか」と必死に考えました。

宅建と簿記の資格

主人やその妹たちがマンション建築の相談を始めてから、私は何とか自分でやっていけるようにと勉強を始めました。宅地建物取引主任者(宅建)の資格取得を目指したのです。専業主婦をしている聞に、実は簿記2級を取っていました。子育ても一段落したときで時間はいっぱいありましたから、主人に相談したところ、「簿記は知っているといいから、チャレンジしてみれば」と賛成してくれたのです。もともと、私は数字というものが好きなんです。ガチガチの理系というわけではありませんが、昔から数学も得意でした。基本となる公式がわかっていれば、答えがしっかり出るでしょう。「1+1H2」と決まっているわけです。これは性格なのかもしれませんが、何でもそういう具合に答えが白黒ハツキリしているもののほうが好きでした。当時はマンシヨンのオーナーになるとは考えてもいません。ですから、趣味の延長のような具合で、通信教育で簿記の資格を取ったわけです。それから、実際に自分がマンション経営をすることになって「もう少し勉強しておく必要があるな」と思い、宅建の勉強をするため専門学校に通い始めました。建築の打合せをけんべいりつするときでも、建蔽率や容積率といった専門用語がまったくわからないのでは話にならないと考えたからです。最初は資格を取るつもりはなかったのです。「知識が得られればいいかな」という軽い気持ちでした。でも、その当時は「不動産をやれば儲かる」時代でしたから、不動産関係者や銀行に勤めている方が熱心に受講していました。皆さん、模擬試験を受けながら一生懸命に資格取得を目指しています。そんな雰囲気に影響されて、私も試験を受けることにしたのです。幸いにも、一度の受験で合格することができました。とはいうものの、私の実力が秀でていたわけではありません。この年は試験の内容がガラリと変わって、平均点が前年よりかなり低かったのです。私もその低い部類に入っていましたから、最初は「落ちた」と思いました。主人や友人たちに「残念だったね」と、慰労会までやってもらったほどです。ところが、全体の平均点が低いことがわかり、合格ラインが下げられました。そこで、私も何とか合格したという具合です。合格率はロ%くらいということでした。そんな状態ですから決して自慢できたものではないのですが、その後の打合せやアパマン経営にかかわるようになってから、随分と学んだ知識が役立ちました。勉強していて良かったなと心から思います。また、資格を取ったことで、周りの私を見る目も変わってきました。建築業者や不動産業者などのプロから見れば、私はただの専業主婦でしかありません。でも、宅建の資格を持っていることがわかると、「この人は建築の流れがわかっているんだな」「専門的なことを話してもわかってもらえるな」と思ってくれます。こちらも自信を持って応対することができました。もし、何も知らないまま経営に乗り出していたら、いつまでも及び腰で「素人」の域から出ることはできなかったかもしれません。これからアパマン経営を考えている方は、ぜひ簿記と宅建の勉強をお勧めします。何となく経営を始めて、不動産のことが「わかったつもり」でいても、それではいざというときに応用が利かないからです。たとえば、「減価償却」という言葉があります。これは、取得した資産(建物や大きな機械設備など)を、使用する年度ごとに一定の方法で償却していく会計処理方法のことです。このことは何となくわかっても、なぜそれが必要なのか、どうしてそれをしなければいけないのか、それをすることにどんな意味があるのか、そうしたバックボーンまで理解していないと、償却方法の制度が変わるときなどにこんがらがってしまいます。アパマンに限らず、経営には財務の知識がどうしても必要になってきます。「なぜ」「どうして」という探究のない、表面上の言葉尻や基本的なテクニックだけでは、真の理解につながらないのです。その代わり、基本的なバックボーンがわかってさえいれば、応用はいくらでも利きます。「そうか、この数字はこの支出と連動しているものなんだな」「それなら、この金額を抑えれば節税につながるのでは」といった具合に、安定経営や節税のためのシナリオを描くこともできるわけです。「なぜ」がわかると、「それなら次はこうしてみたらどうだろう?」と、別の角度から数字を検証していくことも可能になります。数字や数学のおもしろさはここにあります。皆さんの中には、数学が苦手という方もいるでしょう。もしかしたら、数字の羅列を見ただけで拒否反応を起こしてしまう人もいるかもしれません。でも、アパマン経営を安定したものにするには、他人の力を借りつ時でも、賃貸経営の判断をするのは自分ですから財務の知識を持っておくことが何より大切です。そのためにも、最低限、簿記や宅建の勉強をしていただきたいと思います。もしかしたら、そのおもしろさに目覚めるかもしれません。苦手でも、まずは始めてみることです。

ざわめく近隣説明会で会場を-瞬シーンとさせたひと言

私は、基本的には温厚で気が長いほうだと自分では思っています。建てる前に、一度だけ声を張り上げたことがありました。それは、地元住民への近隣説明会が行なわれたときです。建築中の建物の高さがmm以上の場合などは、近所の公民館や市民センターなどの場所を借りて、近隣の方々への理解を求めていかなくてはなりません。もっとも、これは建築会社が中心になって行ないます。私たちの場合、ある程度近隣の方とは長いお付き合いがあったので、「安藤さんがつくるんだから、そんなに心配することはないでしょう」と、近隣の住民の方々はほとんどが建築を支持してくれました。ところが、中には反対する人もいました。5階建てではなく、もっと低いマンションにしてくれというわけです。もちろん着工する前に建築確認申請を行ない、きちんと通知書をもらっています。法規上は何ら問題がないのですが、それでも納得できないという方がいたのです。このため、説明会の会場は、全員が諸手をあげて賛成するという雰囲気ではありませんでした。主催している建築会社の方は、反対意見に対して、丁寧に何回も何回も、噛んで含めるように説明されていました。自分の対応いかんによっては、建て主にも会社にも大きな影響があり、その責任を担っていることを十分認識されていたからでしょう。参「加された方はml却名ほどでしょうか。次第に険悪な雰囲気になり、ざわつきは治まりそうにありません。しまいには「行政に訴える!」と言い出したのです。それまで私は黙って聞いていたのですが、必死で話している建築会社の人が気の毒にもなり、また、この場を収拾できるのは建て主しかいないと思い、度胸を決めました。たんかそこで、ついに峡阿を切ってしまったのです。「大家にだって、生きる権利があるんです!どうぞ、行政に行って十分説明を聞いてください。私は、この地区にプラスになるものを建てます」もし周りに反対されてマンションを建てることができなければ、私たち夫婦は莫大な相続税を払うことができず、路頭に迷うことでしょう。何も法律に違反したものを無理やりつくろうとしているのではありません。どうして理解してもらえないのか。そんな思いが
交錯して、つい出てしまった言葉でした。外見も穏やかそうな(と私自身は思っています)女性が声を張り上げたのですから、会場にいた方々は本当に驚いたと思います。会場は一瞬、シーンとなりました。今では、驚かせてしまって申し訳なかったと思っていますが、当時はそれを言うだけで精一杯でした。でも、この一件があって近所の方が理解ある発言をしてくださいました。「私は建築関係の仕事をしていますが、安藤さんのマンションは近隣に随分配慮された建物ですよ」この方の一言は大きかったですね。後で行政の方に、「ウチの建物のことで苦情を言いに行かれた方、いらっしゃいます
か?」と聞きましたら、「ああ、来ましたよ」とさらりとおっしゃいました。行政の意向にも添った、不燃化と緑化に力を入れた設計にしていましたから、上手に説明してくださったのでしょう。マンション経営には、どんな障害が出てくるかわかりません。何も後ろめたいことがないならば、言いたいことは言うべきときにきちんと言う、そんな勇気も必要だと思います。説明会が無事終わったとき、建築会社の人たちが「これで半分建ったと同じだ!」と、皆一様に安堵の言葉を口にされたことからも、この近隣説明が建築前の大きな難所だったのを肌で感じました。

出るはずの助成金が撤回!?

助成金が前提にあるからこそマンション経営に踏み切ったのに、それがいきなり「適用されない」ということになると、話は根底から覆されてしまいます。とはいえ、もうマンションは建築途中で後には引けません。しかも、その決定が下される議会は明日に迫っています。いったい、どうすればいいのか。こちらにとっては、死活問題です。担当の方は「すみません!」と謝るばかりです。この人を責めてみても、どうなるものでもありません。どうしたらいいのか、私の頭はパニック状態でした。「落ち着こう、落
ち着いて考えなさい!今、私がすべきことは何?」と必死でした。そこで、私はすぐに区議の方に会いに行って、活々とこちらの意見を述べたのです。木造ではありませんから自治体の方針に即していること、街の美観にも貢献できること、それらを含めて、いかにこのマンションが地域のためになるかということ:::。そのことが奏功したのかどうかはわかりません。でも、結果的には、無事に助成金制度が適用されることが決まりました。ただ、オーナー側の金利負担が2%から2・5%に増えることになりました。当時は金利もどんどん上がると考えられていた時代でしたし、助成金なしの金利に比べれば格段にお得であることに変わりありません。マンションも日ごとに完成形に近くなっていきますから、2・5%でも「やむを得ない」と承諾しました。そんな好余曲折があっても適用されるのが決まったからいいものの、もし助成金が出なければ資金繰りも厳しいものになっていました。重い金利負担にあえいで、経営が成り立たなくなった可能性も十二分にあり得るわけです。役所の場合、建物が建ってから正式に契約を交わします。つまり、事業が始まり、実際に金利を払うようになってから契約書にハンコを押すのです。それまではどんなに担当者が「大丈夫です」と言っていても、単なる口約束に過ぎません。言い方は悪いかもしれませんが、その口約束に何か根拠があるというものではないのです。私たちの場合も、0・5%とはいえ、金利負担が増えることになったのですから。役所のシステムを知らなかったために、最初からつまずくところでした。後で聞きましたら、この制度の適用申請の第1号とのことでしたから、自治体も担当者も億単位の建物は想定外だったようです。でも、そんなことは私たちにはわかりませんから、本当に肝を冷やす思いでした。現在はそれほどの高金利ではありませんから、その心配はないかもしれません。ただ、いずれにしても市区町村の助成金を頼る場合には注意が必要です。担当者のGOサインを鵜呑みにしてしまうと、後で「こんなはずではなかった」ということになりかねません。

借入れのうち半分を自治体からの金利助成で

とまどったことは、そればかりではありませんでした。もう一つ、マンションが建つ前に大きな山場だったと思うことがあります。それは、役所とのやりとりでした。私たち夫婦がいくら節税対策とはいえ、9億円もの借入れをしてマンション経営を行なうのは、かなりの官険でした。手持ち資金はほとんどありませんでしたから、建築資金は全額、金融機関からの借入れだったのです。いくら右肩上がりのバブル期とはいえ、堅実な方なら当時でもきちんと自己資金を貯めて、銀行から借りるお金を少しでも減らそうとするのではないでしょうか。借金をしたからといって、それが直接、相続税対策につながるわけではありません。つまり、借金が節税の直接の要因ではなく、マンションを建てることによって税金の対象となる「土地の評価額」が安いものに変わるのです。したがって、当時の金利負担を考え
ると、可能な限り自己資金でまかなったほうが、安定経営という側面から考えれば得策というわけです。でも、私たちの場合は、事前にマンションを建てるための資金を貯めておくという余裕もありませんでした。それでも全額借入れでマンション経営を始めるに至ったのは、自治体から金利の一部を助成してもらえるという話があったためです。当時も今も、マンションの建築予定地の周辺は、木造建築密集地帯です。いわゆる「木みつ密」といわれる場所です。こうした場所は、地震や火事で被害が大きくなりやすいため、自治体からの助成金によって不燃化や耐震化の基準を満たした建替え事業を促進していました。自治体の制度では、建物を建てるときの資金に対する助成と、金利の補助という形の助成の2通りがあります。今は金利といっても2%前後のケlスが多いかもしれませんが、私たちが借入れをしたときはバブル期、617%もの金利でした。億単位のお金を借りる場合、この金利の返済は大きなネックとなります。ですから、素人がマンション経営に乗り出すには、自治体からの金利補助という助成制度はとても心強い存在でした。具体的には、全借入額の約2分の1は初年問、完全固定で金利6%(ただし、日年目から6・4%)、そのうち、オーナー側の負担は常に2%の負担のみ。差額の4%(日年目以降は4・4%)は助成されるというものです。つまり、本来ならば9億円のうちの半分、約4億5000万円に対して6%の金利を支払うべきところを、実際には2%で済むわけですから、オーナー側にとってはかなり有利な制度だったのです。この助成金制度があったからこそ、マンション経営に乗り出したといってもいいほどでした。ところが、役所というのはなかなかむずかしいところです。何度も「助成金が出るんですよね。上限はないのですよね」と担当者に確認し、「大丈夫です」と口約束をいただいていたのですが、その話が進んだとき、「1棟だけにそれほどの助成はできないかもしれない」と言われてしまいました。

業者とは基本コンセプトの共有が第一

この会社は、地元でもなく、銀行や建築会社からの紹介でもありません。私はあまりそうしたことに縛られる必要はないと思います。そうした「形」にこだわってしまうと、かえって本当に大事なものが見えなくなってしまうような気がします。自分がどんなマンションを建てようと思っているのか、そして入居者にどんな生活を提供したいと思っているのか。こちらが考えている基本コンセプトを理解してくれるところのほうが、長い目で見ても、最良のパートナーになり得るのではないでしょうか。実はこのほかにも、契約の決め手になったことがありました。それは、この仲介業者は老舗ではありますが、社員が却名ほどと、そう大きな規模ではない点です。社員も多くて扱っている物件も多岐にわたる場合だと、マンションの名前を言っても知らない社員が出てくるかもしれません。でも、加名くらいなら全員、うちのマンションの存在を知ってもらうことができます。鶏口となるも牛後となるなかれ。入居者が何かのときに問合せをしてきた場合、社員誰もがすぐに「ああ、あそこのマンションだな」とわかる。そのことが、会社の規模よりも大事なのではないかと考えました。この業者は、ずっと継続してお付き合いをしています。今から考えると、何も知らないからこそ、度胸で決めることができたのではないかと思っています。

2LDK全盛の時代にあえて1LDKを選んだ理由

マンションの建築工事が始まると、今度は仲介業者を探さなくてはなりません。でも、どうやって探せばいいのか、当時の私には皆目見当がつきませんでした。そこで、不動産関連の本を読みあさってみたのですが、共通しているのは「まず地元の業者に話を持っていきなさい」ということでした。地一克の仲介業者なら、その地域のことにも精通していますし、近所だと管理面で何かと都合がいいからでしょう。また、銀行の方からも紹介していただきました。ところが、図面を見せると、皆さん口を揃えて「この1LDKは広すぎる」と言うのです。間取りは、MHdで1LDKでした。「キッチンはこれでいいでしょう。寝室もこのくらいでしょう。でも、リビングはちょっと広すぎます。もう間に合わないなら、アコーディオンカーテンを使ってでも区切って、2LDKにしたほうがいいですよ」皆さん、こう言うのです。私はとても悲しくなりました。というのも、これからは、少しずつでも広さを求める時代になるだろうと私自身が考えていたからです。制ぱの1LDKで、最初は新婚のご夫婦など2人で住む方が多いかもしれません。でも、いずれ1人でこれだけの広さのところにゆったり住みたいという方が出てくるだろう。そんなふうに思っていました。実際、現在は2人暮らしと1人暮らしの方の割合が7対3くらいです。初期の頃のほうが1人暮らしの方が多かったので、少し思惑が外れました。ただ、どちらにしても狭く区
切って間取りを増やすのではなく、ゆったりとした空間で生活したいと考える方が増えていることに違いはありません。でも、その頃はどの仲介業者もそんな発想を持っていませんでしたので、何としても2LDKにしなさいと、誰もが口を揃えて言ったのです。その中で1杜だけ、「これはいいですね」と言ってくれた業者がありました。その業者は、実は飛び込みで営業に見えたのです。そこで「これからは広さの時代ですよ」と、私の考えに賛同してくれました。2LDKにすると、確かにファミリーで住もうと考える人が出てくるかもしれない。しかしファミリー向けにしてしまうと、バブル景気に陰りが見え始めている今、郊外の割安な賃貸物件や分譲マンションとの競合に負けてしまう可能性がある。それよりも、利便性デインクスを重視し、会社から住宅補助も出るビジネスマンやOL、あるいはDINKS(共働き夫婦)をターゲットにしたほ、つがいいのではないか、ということでした。それには、広さのある1LDKは最適とのこと。つまり、今のままのほうが郊外の賃貸物件や分譲マンすシヨンと棲み分けができるというのです。「なるほど」と思いました。「それなら、あなたに賭けましょう」私は、その業者と契約しました。また、彼は、これからの時代は和室ではなく、イスしてくれました。フローリングにしたほ、つがいいとアドパ当初、LDKをフローリング、-部屋を和室にする予定でいたのです。当時は、洋聞は人気がないといわれていた時代。でも、私は彼のアドバイスに従うことにしました。結果的に、今は若い人たちの聞で和室を避ける傾向にありますので、正解だったと思います。

一つだけこだわったこと

何もわからないながらも、私は、一つだけこだわりを持っていました。それは「住み心地」です。それまでマンション経営などしたこともなかったわけですから、私にわかることといえば、「住む側がどう感じるか」ということだけでした。当たり前ですよね。自分が今までその立場にいたわけですから。そんなこんなで、収納部分を広くしてもらうことと、排水管の傾斜を多めに取ってもらうことを注文しました。排水管は、持ち家でなければ多くの人がいろんなものを流してしまいます。それを考えて、傾斜を大きく取って詰まりにくいものにしてもらったというわけです。このほか、たとえば聞取りゃ壁面などのハlド面はすべて設計士に任せました。従兄弟は「叩年聞は寝ていてもいいものをつくるから、安心して昼寝でもしていていいよ」と言ずさんつてくれました。あまりに杜撰な設計ですと、建った当初から不具合が見つかるケlスもあると聞きます。また、手抜き工事で水漏れや傾きなどが問題になったりします。それでは、オーナーは対応に追われて寝ている時間などありません。従兄弟は、そんなことがこの先m年聞は絶対にないようにと、細心の注意を払ってくれたのです。従兄弟とはいえ、信頼できる設計士に任せることができたのは本当にありがたいことでした。